「武造とマツの物語(新)」

【小説】 身体障害者に理解がない時代にマツは、幼少のとき親同士で決め

た「ろうあ者」との結婚のため養女にいく。偏見や逆境に遭いながらも前向きに生きていく。



2011年12月19日

武造とマツのその後〜 第127回

関衛門が言った
「名前は、一太郎だ」

待望の赤ん坊の名前は、一太郎と名付けられた。

マツは内心不安だったことがある・・・

(子供の耳は聞こえるんだべか・・?)と・・・

一太郎の耳は問題なくちゃんと聞こえた。異常なしだった。


〜〜〜〜武造とマツのその後〜〜〜〜



上長井村では、村を活気づける為に「田植え競争」を行った。優勝者には米一俵(60s)が与えられる。(各家から米を少しずつ集めて一俵分を作った)

田んぼの中に、一列に並び一斉にイネの植え付けをする。早くむこう側に着いた人が勝ち。
皆の田植えの仕方は、前方に歩きながら植えたが、武造は、後ろ向きになり下がりながら植えていった。
武造の植え方は、ダントツ早かった。優勝は武造だった。


関衛門は、一太郎の成長を注意深く見守った。

一太郎が、父親(武造)のことを意識しはじめたのは小学校のころから。(回りから耳きんかと言われ、父親が耳が聞こえない事実を意識しはじめた)

武造とマツの間に、二番目の子、長女が産まれる(継子と名付けられる)が、2,3歳のころに肺炎で亡くなった。(病死)

それから、三番目の子、二男が産まれる(二太郎と名づけられる)
四番目に、三男が産まれる(三太郎と名づけられる)
五番目に、二女になる女の子が産まれる(優と名づけられる)


一太郎は、学校から帰ると弟や妹の子守りをする務めがあった。(大人たちは畑や田んぼなどの仕事で忙しく、子供は学校から帰った長男に任せた)

一太郎は、おしめ交換、おんぶ、昼寝をさせていた。

遊び盛りの一太郎は、鳥を捕りに行きたくなると、下の子たちを早く寝かせつけて鳥を捕りに行った。棒の先にネバネバしたとりもちをつけ、それを鳥かごにつけて鳥を捕った(シジュウカラなどが捕れた)

帰ってきたら、子供がビイービイー泣いていて、ヨネからこっぴどく叱られた
(一太郎、家の中に入るでねー、そこさ座れ)それから説教が始まる。

一太郎は成長し17,18歳のころになると、街に遊びに行きたくてたまらなかった(特に、映画を見たくなる)

こっそり靴と着替えを窓から外に出しておき、夜に抜け出て街に行き映画を楽しんだ。・・・が、帰るとヨネにバレていてこっぴどく叱られる。

母親のマツは子どもに優しかったが、ヨネは厳しかった。

18歳になると兵隊にと志願しようとしたが、関衛門が止める(戦争はするもんではない)と。
その代わり、いわき市の常磐炭鉱で働きに行ったが、塵肺で胸を悪くし3カ月で帰る。

20歳にお見合いをし、隣の村から嫁をもらう。

嫁に来た善子は、武造のことを知らなかった。
嫁いできてから、村人に「何でかたわの家に嫁に来たんか?」と言われ大きなショックを受ける。
その村人の言葉が善子を悩ませた。

武造が耳が聞こえないのは、生まれつきではないか?・・・(産まれてくる子どもたちが五体満足に産まれるか心配でたまらなかった)

善子が嫁に来た時はまだ、二太郎、三太郎、優が家にいた。(同居)
善子は畑や田んぼの仕事を一生懸命に働いた。

善子が実家に帰りたいと言うと、関衛門は許すがヨネが「一晩だけで帰って来い」と言う。
善子は、片道15q歩いて実家に帰り少しばかりの“ほっ”とする時間をとれた。


一方、マツは行商でお得意さんが多くなり、嫌いだった行商の仕事も好きになり喜んで仕事ができるようになっていた。

行商しながら、以前会った、座敷わらし?の女の子とたびたび会うようになり親しくなっていった。

成長していたその座敷わらし?は、家の中から一度も出たことは無かったが、家の人の散髪ができるほど器用な手をしていることが分かった。

関衛門にそのことを話すと、「家に来てもらい散髪を頼んではどうか?」ということになり、マツはその座敷わらし?(アキという名前をしていた)の家の人にそのことを話した。
戸惑った家の人だったが、渋々承知してくれ、マツはアキを連れて自分の家に行った。

アキは、器用に散髪をしてくれ関衛門や武造は喜んだ。
アキも武造と同じで、耳が聞こえなかった。

アキは生まれて初めて外に出、しかも得意な散髪をして喜んでもらえたことが嬉しくてたまらなかったようだった。アキは泣いて喜んだ。

それから、アキは定期的に関衛門の家に散髪をするために来るようになった。

アキが、家の外に出たことで怒った人がいる。それは吾一だった。
実は、吾一はアキの家とは親戚にあたり、身体障害者は家の中に隠しておくべきだと強く思っていたからだった。

自分の親戚に身体障害者がいると知られたくなかった吾一は、かなり取り乱し怒っていたが、時間とともにアキが外に出れてとてもうれしそうな顔をし、人の散髪をしてお金を稼いでいることにより自尊心を抱くようになった様子を見るにつれて吾一の気持ちも変わっていった。

ある時、吾一は関衛門に言った
「関衛門、オラは間違っていたかもしれねー、オメーのほうが正しかった」

その後、アキは耳がきこえないというハンデを負いながらも散髪屋として働くようになる。(依頼された家に行って散髪をした)

上長井村はこのこともきっかけとなり、身体障害者に対して寛容な見方をするようになった。
身体障害者を家の中に隠すという習慣は次第になくなり、障害者も普通の人間として受け入れられていった。


また、武造の耳をつぶした人、ツネとの関係も改善されていった。ツネは自分がしてしまったことを心底悔やんでいた。

関衛門やヨネもツネと普通に接することができるようになり、ツネは度々関衛門の家にお茶飲みに来るようになった。


posted by junko at 14:55| Comment(0) | 新・武造とマツの物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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